Bee's Favorite

映画、絵画展、コンサート、本、日々の感想。

ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋

年末年始のテレビ番組のくだらなさにあきれて、
映画でも見るか、といって見に行ったこの映画、けっこう当たりでした。

ブコメには、深い感動とか人生の教訓を期待してはいませんが、
2時間あきないこと、笑えること、多少の共感もあって、見てよかったなと思えることは最低期待しています。
しゃれた会話があることは当然です。

まず、こういうラブコメシャーリーズ・セロンが出演するというのが意外でした。
出た意味は、見終わればわかります。
次期大統領候補であるシャーロットは、もちろん主義を曲げない強い女ですが、
ユーモアがあり、いやな性格ではありません。

失業中のジャーナリストのフレッドは、子どものころからシャーロットが大好き。
長い間、男の記憶に残るほどの美貌でなければ、このヒロインは務まらないでしょう。
再会したフレッドがシャーロットに惚れ直したのは、
彼女が芯のところで、昔と変っていなかったからなんですけど。

大統領から次期大統領候補に推薦するといわれて、
俄然やる気になるやりて国務長官のシャーロットは、昔の自分をよく知るフレッドに、
スピーチライターになることを依頼します。

一度は断ったものの、結局シャーロットの世界遊説の旅についていくことになったフレッドは、
その旅の間に、地球を救いたいというシャーロットに惚れ直すことになる。
シャーロットも気のおけないフレッドにどんどんひかれていきます。

いろいろな国の外交の舞台で、気高くふるまうシャーロットにとっては、
フレッドは癒しというより同胞のようになっていく。

恋に落ちていく二人の周辺の設定がいろいろと面白いです。

まず、女性を大統領候補にしようとしながら、旧態依然な男社会であるアメリカの上層部、
大統領という頂点の人物に求められる清廉潔白さ、
超過密スケジュールで仕事をこなす典型的なアメリカ人エリート、
黒人と白人だけでなく、共和党民主党キリスト教ユダヤ教など、
さまざまな側面で分断している社会、
そういう対立の構造を取り入れながら、
まったく別の社会に生きてきたシャーロットとフレッドが、
お互いの立場や考え方を理解し、認めていく様子をうまく描いています。

こういうメッセージ性があったから、シャーリーズ・セロンが出ることを決めたのかも。

今のアメリカへの皮肉もたっぷり効いています。
政権の影にメディア王がいたり、
シャーロットに言い寄るイケメンのカナダ首相がいたり、
緊張から解き放たれるために、シャーロットとフレッドがドラッグパーティに行ったり、
環境問題にいつまでも本気で取り組まないアメリカも描いています。

それがお堅くならないよう、シモネタも満載で、
声を出して大笑いしてしまうシーンもありますし、
こういう作品って、日本では絶対に作れないだろうなと思います。

それはずいぶん昔からどうしてだろうと考えていることですけど、
しょせん、ユーモアのセンスの違いだろうとか、
ヒロインに超美人スタイル良しの上手い女優を持ってくることがなかなかないなあということとか。

次期大統領候補だと、それなりに40代くらいが想定されるけど、
そういうレベルの大人のラブコメが、昔からハリウッドにはあり、
日本にはない、ということもある。
前は、中年でラブコメができる日本のイケメン俳優がいないと思っていましたが、
この作品を見て、こういうパターンもありかと思いました。
外国だと「美女と野獣」というのがありますが、あれは最後には野獣は王子になります。

日本だと「101回目のプロポーズ」を思い出させます。
あれを越えられないってことなのでしょうか。

それからシャーロットは独身ですね。
だからイケメンのカナダ首相(こちらも独身?)ともサマになるし、
大統領選を闘いながら、恋愛も進行するっていうストーリーも成り立ちます。
これを見ていて、ヒラリーさんも独身だったら、大統領になれたかもと思いました。
あの方は、「ミセス・クリントン」であることに執着しすぎたと思う。
まあ、古き良きアメリカは、まず立派な妻であり母であることを要求したからかもしれませんが。

タイトルの「ロング・ショット」はゴルフのロング・ショットの意味で、
そう簡単には入らないショットのことだそうです。
つまり、いろいろな「ありえない」ことが、この映画の中で起こることをいみしているようです。

でも映画だからそれが実現しますし、
その実現のしかたが、これならありかもと思わせるほどリアルであれば、
ブコメは面白いのです。

longshot-movie.jp

高御座と御帳台

年末から、天皇陛下即位礼に使われた高御座と御帳台が上野の国立博物館で公開されていて、
年末のうちに見物に行ってきました。

11月には皇居の大嘗宮も見てきましたが、
1時間くらい並んでようやく見たせいか、
やっと大嘗宮を目の前にしても、「へぇ~、これかあ」というくらいの感想だったが、
高御座と御帳台は、東博の入り口を入ってすぐのところに神々しく並んでいて、
思わず、「わぁ~」と声が出てしまいました。

白木の大嘗宮ではなく、金と漆の巨大な御座のほうに感動するなんて、
私もまだまだだなと思いましたが、
まあ、素直に、絢爛豪華で壮麗なこの工芸品には驚きました。

第一に思っていたより(テレビで見たより)かなり大きかったこと。
周囲にあの装束で歩くことができることを考えれば、これくらいの広さがあって当然なのですが、
高さは予想以上でした。

そして白木の大嘗宮とは対照的な、漆黒の柱、
気の遠くなるような細かい細工の金の飾り。
天頂にそびえる金の大きな鳳凰
御帳台の上の鳥は尾がカールした、鸞(らん)という瑞鳥なのだそうだ。

中にある御座は、あの衣装でちゃんと座れるのかと思うくらいの椅子があり、
高御座には、三種の神器を置くための台がある。

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高御座

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御帳台

平成になったときは、これが公開されたのかどうか記憶にないが、
今回、華やかで明るい雰囲気の中で即位礼が行われ、これが一般に公開されたこと(しかも無料)はとてもありがたい。

私の人生で御代代わりは2度めだが、これを見るのは本当に一生に一度になると思う。
いや、見にいってよかった。

大嘗宮では、日本の神道の本質みたいなものを見ることができたが、
高御座と御帳台は、世界で一番古い皇室の権威と伝統を目の当たりにした。
確かに、中国っぽいところ、朝鮮っぽいところが随所にみられるが、
工芸技術の粋を尽くしながら、決して金満に見えないところが日本らしい。

ここにお座りになる方は、やっぱり一般大衆とはちょっと違う方なのだと、改めて実感しました。

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高御座の背後

ガラス張りの展示室ではあったが、2つの台座を三方から見ることができた。
天皇陛下皇后陛下が歩かれた床にも、美しい織物が敷かれていて、
レッドカーペットなんていうものがすごく安っぽく感じられるほど。

入り口でもらった冊子は、カラー刷りで美しく、難しい細工の名称やら由来の説明が書かれている。
皇后陛下がお座りになる御帳台は、大正天皇即位の時に作られたものだそうで、
つまりそれ以前は、天皇の妻が隣に並ぶという慣例はなかったということ。
明治維新で、西洋にならって「正妻」が隣に並ぶようになったということだ。
高御座より少し小ぶりで、飾りも控えめ。

妻というものが夫と並び立つことさえ、長い皇室の歴史で、ここ100年の出来事なのだと改めて認識する。
皇室のこうしたものにもいつか、男女平等とか、LGBTとかいうものが反映される日が来るのだろうか。

男女平等の延長線上で女性天皇を推すのはどうかと思うし、
なんかいろいろ儀式とか大変そうなお役目だから、それは男にやらせておけばいいんじゃないの?と思ったりする。

(私は、よその家が、長く守ってきたその家のやり方を、他人がどうこう言うのは違うと思っているので)
天皇家は、これまでにもいろんな危機があったと思うけど、それを乗り越えたからこそ、今があると思うので、
いずれどうにか良いようになるのでは、と思っている。

それはともかく、ご即位以後、雅子様の顔つきがとても柔和で穏やかになっていることにほっとする。
この椅子に座られて、不安がぬぐわれてそういうお気持ちにもなれたとしたら、
それはそれで、神々しいことではある。

ラウル・デュフィ展

汐留のパナソニック美術館でやっていた「デュフィ展」を見てきました。
デュフィという名前に覚えはありませんでしたが、
代表作をみたら、「ああ、これ」と思いました。
鮮やかな色合い、大胆な構図。

もとから画家でしたが、詩集の挿絵を依頼され、
それがきっかけで、絹織物の工房から、生地の柄を描く仕事を頼まれたそうです。
それらの生地で作られたドレスも何点か展示されていました。
その当時も斬新で新しかったと思いますが、今でもこれでドレスを作ったらとても新しいと思います。

テキスタイルデザインという仕事に出会わなければ、
彼がその後どういう画家になったのかはわかりませんが、
テキスタイルデザイナーとして得た色使いやモチーフの扱いが、
後年の画家としての作品にも生きたそうです。

画家という職業に固執せず(画家って固執しそうなイメージ)、
新しいことに取り組み(ていうか食べるためにしかたなく?)、
そこで得たことを使って世界を広げていけたというのは、
画家にとって幸運なことだったでしょうね。

コート―ルド美術館展

印象派ばかりの展覧会を見るのは久しぶりでしたが、
「コート―ルド」という人のコレクションでできた美術館だというので、
会期の終わりに駆け込みで見てきました。
日本人は印象派が大好きなので、早めに行かないと混むなあと思っていたのですが、案の定。

全体としては、印象派の佳作を幅広く持っているという感じで、
蒐集家の品のいい趣味が感じられました。
コート―ルドさんは、レーヨン産業で資産を築いた事業家だそうですが、
お金にあかせて将来価値が上がりそうなものを買い集めたという感じはなく、
ある一定のきちんとした趣味嗜好によって、気に入ったものを買い集めたという感じがしました。

実際のところ、コレクションを一般の人にも公開する一方で、
美術の研究にも役立てているということで、
コート―ルドさんの写真もありましたけど、とっても品のいい紳士でした。
家の中に、実際にコレクションが飾ってある写真もありましたが、
この絵たちが本当に家の中に、さらりと飾ってあったのかと思うと、
ため息が出ます。

もし、印象派をこよなく愛していたら、
このコレクションはうらやましすぎるだろうと思えるほどです。
1900年代初頭に集められたようで、
今からではとても手に入らないようなものばかり。

ロンドンのコート―ルド美術館は現在改装中で、
その間、上野、名古屋、神戸でこの美術館展が巡回するそうですが、
改装がなければ、外に貸し出されることもないとか。
ありがたいことです。

コート―ルドさんは、とりわけセザンヌがお気に入りだったようで、
他の展覧会なら、それ1点を目玉にするような良い作品をたくさんお持ちです。
ルノワールをはじめとするそのほかの作品も、もちろん題材とかは全然違うのですが、
これは一人の人の「好み」が選ばせたものだなとわかるほどの粒ぞろい。

印象派の画家は多作の画家が多いので、中には「これはちょっと」というものもあるのですが、
このコレクションは本当にレベルが高いというか、見ごたえがありました。
最後まで、「うわ、これも持ってるの?」というようなものばかり。

私がまず気に入ったのは、アンリ・ルソーの「税関」という作品。
ジャングルと動物というイメージからはほど遠い絵なのですが、
何とも言えない構図にすっかり気に入ってしまいました。
正式には絵を習ったことがないというルソーですが、
「うまい!」というか「面白い!」と言いたくなるような。
ルソーは画家は趣味で、本職は税関吏だったそうですが、この絵は実在しない風景だそうです。

それから、セザンヌの未完の絵もありましたが、
最晩年に完成できずに終わった「曲がり道」という絵は、
何回も通り過ぎ、また戻って見てしまいました。
未完成だけあって、全体にポンポンと色を置いただけの風景画なのですが、
何とも言えない色合いで、これは完成してなくても欲しいなと思わせた作品です。

グッズ売り場の絵葉書コーナーにもこの絵があって、
絵葉書になるということは、それだけ「いいな」と思う人も多いはず。
残念なのは、実物と絵ハガキでは、ぜんぜん色が違うことでした。
(でもこの1枚に出会った記念に買いました)

https://intojapanwaraku.com/jpart/33042/2/

いつかロンドンに行くことがあったら、「コート―ルド美術館」訪ねてみようと思います。

クリムト

東京では7月10日まで上野の東京都美術館で「クリムトーウィーンと日本 1900」展をやってて、
8月5日までは乃木坂の国立新美術館で「ウィーン・モダン」展をやっている。
ウィーン・モダンといっても、ポスターはクリムトなので、
東京にクリムトがいっぱい来ている感じ。

こういう展覧会はたいて2,3か月やっているのに、
どういうわけか会期末が迫って焦っていくことが多い。
でも、なかなかウィーンにはいかれないので、向こうからやってきてくれる機会は逃すわけにはいかない。

上野のクリムト展は、クリムトという画家の生涯を見る展覧会だった。
クリムトの没後100年を記念した展覧会だったので、主役はクリムト
日本では「過去最大級のクリムト」という触れ込みだった。
そういうわけで、彼の生い立ちから、絵を描き始めた最初、若い時代、
油の乗った、というか絵にいろんなものを込め始めた晩年まで、くまなく見せてくれた。
印象的に金を使ったいくつかの作品を知っているだけでは、
とても「クリムトが好き」とは言えないのだけれど、
好きというよりは、どちらかというと「気になる」と言ったほうがいいかもしれない。

繊細な感じの絵を見ていると、画家本人も神経質そうな細いタイプを想像するのだが、
クリムトはちょっと違っていた。
クリムトの周囲にはいつもモデルとなる女たちがいて、結婚はしなかったけれど子どもは10何人いたとか、
画家の写真を見るとお茶ノ水博士のようなヘアスタイルでちょっとがっちりしているとか、
う~ん、絵だけを見ていればよかったと思うようなことが満載。

それでも、画家の軌跡というのを順を追ってみるのは、
最終的にどうしてこういう絵に行きついたのかなあということを知る上ではとても興味深い。

これは国立新美術館のポスターの絵だけど。

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これだけ撮影OK。撮影だけして、じっと見るのを忘れそうになった

この絵に描かれているのはクリムトの愛人だったエミーリエ・フローリゲ。
彼女本人はこの絵を気に入っていないと説明が書かれていた。
わかる気がする。彼女、服に負けているし。
クリムトはたぶんこの服のモダンな装飾を描きたかったんだろう。
彼女の表情も、このモダンさに負けないくらい高慢な感じがする。

乃木坂の展覧会は、ウィーンと日本の外交樹立150周年という節目に、
ウィーンの芸術―美術のみならず、ウィーンという町全体の変化、建築、装飾等々―がいかに変化を遂げたかということがテーマである。
ウィーンの万博に日本が初めて参加し、浮世絵などを紹介したことが、
ヨーロッパの美術界に与えた影響が大きいと言われる。
古典的な画風から、デザインへと移り変わる時代に、
クリムトはそれを彩った美術界の中心人物として紹介されている。

なので、乃木坂では、彼が女好きだったとか、子だくさんだったとか、そういう話は本筋ではない。
考え方が変わり、町が変わり、新しいものが生まれていく中で、
登場するべくして登場した画家という位置づけである。
劇的に変わった周囲の環境が、彼の創作にどういう影響があったのかという側面を考えると、
あの金ぴかな絵や官能的な作風は、突然変異でもなんでもなく、
きちんと時代の説明にはまってくる。

この時期に同時に両方を、違う視点から見ることができたっていうのは、
なかなかない機会だったなあと思う。
まだ、見れていないクリムトもあるので、ウィーンへ行かなくてもいいやということでもないのだが。

でもわずか100年前に、マリア・テレジアシェーンブルン宮殿に住んで、
王侯貴族の暮らしをしていたウィーンが、
あっという間に超モダンを受け入れるようになったというのは、
いまさらながら興味深くて、これからまた本を探さなくちゃという気になる。

・・・と思ったら、「世紀末のウィーン・グラフィック」展を今年の初めに京都でやってたらしい。
そのあと目黒でも巡回したらしく。
残念。
こういうのってほんとによくアンテナを張っていないと乗り遅れる。

「エリーザベト」読んでおいてよかった。
彼女も時代にほんろうされた人生だけど、これくらい劇的に変わっていく時代だと、
しょうがないのかなと思う。
歴史を見るとき、人だけじゃなくて、町の移り変わりとか、
そういう大きな視点も入れること、大事。

上原、引退

ジャイアンツの上原が引退。
今年は1軍に上がれてなくて、
2軍でも打たれているという記事を見たばかりだったけれど、
残念だ。
今年はまだ1軍で投げるのを見られると思っていたのに。

引退会見の最初から涙を目に浮かべていたので、
ああ、まだやめたくなかったんだろうなあと思った。
でも、やりたいからやれるっていう世界ではないんだ。
もちろんただ野球をやるだけならいいけれど、
1軍で投げられなければ意味がないのだろうし。

野球人としての経歴はもちろんすごくいいんだけれど、
彼の引退に寄せたプロ野球界の人たちのコメントが、また良かった。
何人もの選手が、「自分の中では最高の投手」という言葉のを使っている。

「これまでよくやったと思う。
上原君の持ち味は、テンポ良く投げて相手を追い込んでいくピッチング。
監督時代に20勝したルーキーシーズンは今でも忘れられない。
アメリカに行ってからも、日本の野球を見せてくれた功績は大きい。
まだ若いし、後輩たちに教えることはいっぱいある。どんどん伝えていってほしい。
長い間ご苦労さん。今かけたい言葉はその一言だけです」―長嶋さん

大学からドラフトにかかるとき、
巨人か大リーグかという選択になって、結局巨人に入ったわけだけれど、
そのときのことを書いたこの記事も良かった

headlines.yahoo.co.jp

引退会見では多くの人に感謝の言葉を述べていたが、
本当にいろんな人との出会いが彼の人生を左右していたのだなということがわかる。
誰にでも多くの人との出会いがあるのだが、
それが結果として良い方向に向かうきっかけになったかどうかは、
あとになってみないとわからない。
いろんな人がいるだろうから、善意の人も悪意の人もいるだろうし、
どっちと先に出会うかも大きな分かれ道になるかもしれない。

ただ、どっちにしろ、本人のもつ才能と自分はどっちがいいという意思、
好かれる人柄はものを言うんだろうな。

Full Countの記事も好き。

full-count.jp


そういう捨て置けない魅力があった人が、ということだろう。

人がいなくても、桜は咲く

今週のお題「桜」

隅田川、皇居と人がいっぱいの場所での花見の後は、
近所の桜を見に。

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世田谷区を流れる仙川。

川幅は目黒川より少し狭いくらいですが、
両側の桜は大木も多く、ほんとうにみごとな咲きっぷりです。
なのに、21℃まで気温が上昇した今日のお昼にも、
ぜんぜん人がいない。

時折吹く風に、花びらがハラハラと散って、
鳥の声だけが聞こえていました。

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川面にせり出す枝が目の前に。

お弁当をもってきた家族連れや老夫婦などがちらほらいるだけで、
これだけの桜を独り占め気分で満喫。
缶ビール持ってくればよかった!
来年は必ず持ってこよう。

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橋の向こうは「DCMくろがねや成城店」。
大型のホームセンタ―です。
春の花々の鉢がいっぱい売っていました。

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変わった鳴き声に目を上げると、桜の花をついばむ鳥が。
カメラを向けても飛び立つことなく夢中で花の中に顔をうずめていました。

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近隣の住宅街も、道路にせり出した桜がいっぱい。
家も古木を囲むように建てられていたりして、
地域で木々を守っている感じがして、
さすがの成城の街並みです。